始めの言葉

「プリンターから印刷できて当たり前」と、ユーザーからもSIerからも軽視されがちなプリンターの世界ですが、実際にはお困りだったり、思ったような印刷結果が得られないまま我慢してお使いの皆様のために、今までの経験が役立てばと、このブログを立ち上げました。印刷の基本から、応用情報、問題の解決方法を情報発信すると共に、PDF化など、これからどうするかについても、ご相談に乗れれば幸いです。ご質問はコメントでお寄せください。

2017年3月26日日曜日

IBM 小型レーザー・プリンターの今まで -第4回- 5577互換からの拡張(続)

PS/55 向けの標準レーザー・プリンターの開発は、当初、製品企画の私の他は、機構部分の担当者、データ処理基盤の担当者、マイクロコードの担当者が、それぞれ 1 名ずつという少数精鋭 (?) チームで構成されていました。
当時は、ちょうど、システム36 やシステム38 がAS/400に変化していく頃で、そのプリンターとして、ライン・プリンターの他に、連続用紙対応のレーザー・プリンターの開発が行なわれていて、そちらに開発のエンジニアの大部分が割かれていたということが、少人数体制となったことに大きく影響していると思います。
因みに、その連続用紙対応の方のレーザー・プリンターは、"5337-001" というプリンターで、元々連続用紙用に OEM 元で開発されたものに対して、カット紙も扱えるように機構を追加したという、これまたレーザー・プリンターの世界では、空前絶後のプリンターでした。
話は、横道に逸れますが、このプリンターは、他にも、当時でも珍しい特徴がありました。それは、トナーの定着方式に、"フラッシュ定着"という方法を採用していたことです。

IBM 小型レーザー・プリンターの今まで -第1回- その黎明期 の中でお話したように、感光ドラムから、用紙の表面に移したトナーは、多くの場合、熱と圧力を使って、用紙の中に定着させます。
定着方法には、他に、"フラッシュ定着"と、"圧力定着"があります。

"圧力定着"は、文字通り、トナーの乗った用紙を、圧力の掛かった上下のローラーの間を通すことで、トナーを用紙の中に定着させる方式です。
この方式を使ったプリンターとしては、"5337"プリンターの前に開発された"5583-200"プリンターがあります。今や私の手元には画像も残っていませんが、IBM i(OS/400) の資料には、未だに 32x32 ドットの日本語プリンターのモデルとして名前が出てきます。
"5583-200"プリンターは、OEM 元から提供を受けたプリンター本体に対して、"コントローラー"と呼んでいたデータ処理部分を自社開発してできた、カット紙用のプリンターです。
解像度は、240DPI であったことと、圧力定着方式のため、用紙が定着機構を通過する時に、"ゴットン"と音が発生したいたことを覚えています。
トナーの定着の評価は、粘着テープを付けて剥がしたり、消しゴムで擦ったりして行ないますが、"圧力定着"方式は、どうしても熱定着ほどの定着の良さはありませんでした。もちろん、省電力という点では優れた方式と言えると思います。
また、このプリンターの機能を活用するために、KPF(Kanji Print Facility) というソフトウェアーも併せて開発されましたが、期待ほどの台数は売れなかったようです。

一方で、"5337-001"で採用されていた"フラッシュ定着"方式は、カメラのフラッシュと同様に、強力な光を用紙に当てると、黒いトナーに光エネルギーを吸収されることで、トナーが溶けて紙に定着するという方式です。
この方式の良さは、用紙に圧力を掛けないため、用紙に対する制約が少ないことです。つまり、熱や圧力の伝わり辛い厚紙や、熱や圧力を掛けると、糊がはみ出てきてローラーに張り付いたり、汚したりするラベル紙も使用できるということです。
逆に、大量の光エネルギーを発生させるため、電源として 200V が必要になることや、トナーが自分で溶けて紙に定着するため、定着の程度が不安定な点に、制約があります。
実際に、この "5337-001" プリンターの開発でも、一定の印字品質を実現させるために、OEM 元のメーカーも巻き込んで、かなりの時間を費やしました。
しかし、その後、他社の連続用紙用の高速レーザー・プリンターでは、フラッシュ定着方式の改善が進んでいたようで、熱定着方式よりも次の点で優れていると評価されるケースが多いようです。
- 用紙の制約が少ない
- ヒーターの温度上昇を待つ時間が不要なので、用紙の架け替えが多い運用では、印刷開始まで待ち時間が短い。

なお、"5337-001"プリンター用には、240DPI の解像度を持ち、連続用紙とカット紙の切り換えや、レーザー・プリンターとしての機能を活用しやすくするために、APPW(Advanced Page Printer Writer) というソフトウェアーも併せて開発されました。
ライン・プリンター用には、罫線やバーコード、文字拡大の指定を行うために "APW(Advenced Printer Writer)"が開発され、今でも使用されているユーザーがいらっしゃいますが、そのレーザー・プリンター用のものが、"APPW"と言えます。
このプリンターも、残念ながら、計画ほどの実績を上げることはできませんでした。
5337-001プリンター外観図

さて、話を元に戻します。少数精鋭チームのマネージャーとしてアサインされたのは、US の Boulder の研究所で、レーザー・プリンターの開発の指揮を執られていた、J.D. 氏でした。
彼が開発した "3812" というプリンターは、AS/400 の世界でも、デバイス・タイプとして名前が出てくるような、標準プリンターでした。
私としては、初めての外人の上司になったわけですが、今、思い返してみると、当時の私の未熟さもあって、本質的な意味でのコミュニケーションができていなかったという反省が残ります。

2017年3月19日日曜日

IBM 小型レーザー・プリンターの今まで -第3回- 5577互換からの拡張

コンピューターの世界では、"アーキテクチャー"という言葉が良く出てきます。それだけ、"アーキテクチャー"を重要視していると言えるかと思います。
周辺機器であるプリンターでも、IBM では、システムからのデータを印刷するためには、システムとの整合性を持つために、"アーキテクチャー"に則っている必要があると、当然のように考えられていました。
プリンターの場合、"アーキテクチャー"を言い換えれば、そのプリンターが持っている制御コマンドのセットとなると思います。
例えば、24x24 ドットの漢字を印刷できるインパクト・プリンターにおいては、初めは、"マルチステーション5550(24 ドット・モデル)" から送信されて来る、縦 24 ドットのイメージをそのまま印刷する"5553-B01"モデルと、16 ドットのモデルから送られて来る、縦 16 ドットのイメージをそのまま印刷"5553-A01"モデルが持っている制御コマンドのセットが全てでした。
5550シリーズ用5553プリンター

しかし、その後、縦 16 ドットのシステムも、24 x 24 ドットの文字で印刷できるようにせよという神の一声の下、文字イメージの代わりに文字コードで印刷データを送り、プリンターは、内部の ROM (読み取り用メモリー)に記録されている 24x24 ドットの文字の中から、その文字コードに該当する文字を印刷するという方式が機能追加されました。
そのモデルが、"5553-B02"(末尾の "2" は、内蔵フォントを持っているという意味)だったのですが、実際には、その後シリーズ化された代表モデル "5577シリーズ" の名前から "5577" コマンド(モード)と、いつか呼ばれるようになりました。
このコマンドのセットを持つ 24 ドットインパクト・プリンターは、"5577シリーズ"の他に、"5573シリーズ"、"5557シリーズ"、"5579" などがありますが、どれも"同じアーキテクチャーのプリンター"ということになります。

レーザー・プリンターになると、インパクト・プリンターと比べて、解像度が異なるだけでなく、ページ単位の処理を行うためのメモリーを持っているため
- 用紙方向を縦長、横長の切り替える
- 縮小や拡大して印刷する
- 両面印刷する
- 用紙に対する上下左右の余白の値を設定する
- 用紙ジャムが発生した場合、そのページから再印刷する
- プリンターに保管した罫線や固定文字(所謂オーバーレイ)と受信データを重ね合わせて印刷する
ことができます。
また、用紙送り機構の違いから
- 複数ある用紙トレイや、排紙トレイを選択する
といった点も、インパクト・プリンターと異なります。
これらの機能を使えるようにするには、対応する制御コマンドを定義して、プリンターに持たせる必要があります。
PS/55 用の標準プリンター製品の一つとしてのレーザー・プリンターを開発するに当たって、開発チーム内部では、当時、"3222"と読んでいたアーキテクチャーは先に決まっていたのですが、それを実装するコントローラー基盤と、プリンターの機構(エンジン)部分の OEM 元製品の選択や、その後の開発において、様々な課題が発生したため、計画以上の時間が掛かることになってしまったのです。
PS/55の元になったPS/2

2017年3月12日日曜日

IBM 小型レーザー・プリンターの今まで -第2回- その黎明期(続き)

レーザー・プリンターの印刷原理となっている電子写真方式の現像方式には、2 種類あります。
"電子写真"という言葉どおり、電子を使う"写真"ですから、初期の複写機では、写真と同じように光の当たった場所は白く、光の当たらない場所は黒くなりました。
具体的には、原稿に光を当てて、その反射光を感光ドラムに当てます。
そうすると、原稿の中でも光が吸収される黒い部分(文字)は、感光ドラムに光が届きません。
逆に、光が反射する、原稿の白い部分は反射した光が感光ドラムに当たります。

感光ドラムは、予め、帯電といって、表面に均等に電子が並んでいる状態にあります。
光の当たった部分は導体となるので、電子が流れて無くなります。
光の当たらなかった電子が残っている部分にトナーが付着して、それを紙に転写します。
最後はトナーを熱と圧力で紙に定着させます。
この現像方法は、写真と同じように光の当たった部分が白くなるので、"正規現像"と呼びます。
全面に、黒にトナーが付着した紙に対して、欲しいイメージの部分だけを残すように、光がトナーを掃いて白くしていくイメージを思い描いていただければ、良いと思います。

一方、その逆に、光が当たって箇所にトナーを付ける現像方法もあり、これを"反転現像"と呼びます。白い紙に、光が欲しいイメージを黒く描いていくイメージを思い描いていただければ良いと思います。今のレーザー・プリンターはこちらの方式になっています。

前回お話した、180DPI のレーザー・プリンター"5569-R01"は、正規現像を使ったレーザー・プリンターでした。
トナーの掃き残しを防ぐために、レーザー光は、次の図のように多少重なった状態になるように、感光体の上に、白くすべきパターンを描いていきます。
当時、レーザー・プリンターの解像度の主流は、240DPI か 300DPI なのですが、これらの解像度のドットの大きさに比べて、180DPI のドットの大きさは大きくなりますから、どうしてもドットの間隔は大きめになります。
しかも、ドットがくっきりと表現されるため、ドット間の隙間が目立つ文字となってしまったことを、よく覚えています。
正規現像のドット・パターン

逆に反転現像であれば、レーザー光の重なった部分が、黒になりますので、隙間が目立つことはありません。
そのため、レーザー・プリンターでは反転現像が採用されているのだと思います。
同様に、インパクト・プリンターであれば、インクの滲みもあって、ドットの間は目立ちにくくなっています。
反転現像のドット・パターン

前回もお話しましたが、元は外字の印刷に配慮して、別の言い方で言えば、24 ドット・プリンターとの互換性を守るために、この解像度を選択したわけですが、実際に、メイン・フレームのデータを 3270PC 経由で印刷することを考えると、外字の印刷を求められることは無いと言い切って良いと思います。そう考えると、解像度は 240DPI や300DPI とする選択もあり得たのではないかと、今になって思います。
AS/400 の世界では、外字を使用することは前提条件として配慮することは必須ですが、メイン・フレームの世界は、その点が異なっているようです。

その後、"5550"シリーズも、"PS/2" を日本語化した"PS/55"シリーズに変化していくのに合わせて、レーザー・プリンターも製品ライン・アップの一つとして正式に開発することになりました。
開発のリーダーには、US のボルダーからレーザー・プリンター開発経験者を招聘し、その下に私も加わりました。ところが、思わぬ事情から、製品発表まで予想外の時間が掛かることになってしまったのです。

2017年3月5日日曜日

IBM 小型レーザー・プリンターの今まで -第1回- その黎明期

レーザー・プリンターは、レーザーを光源として、感光ドラム上に静電気で作った印刷イメージ(潜像と言います。)に対して、トナーというインクの粉末を付着させ、それを紙に転写した後、熱と圧力で紙の中に定着させるというプロセスのプリンターです。
その多くは、用紙にカット紙を使うタイプですが、連続用紙を使用する大型で超高速タイプのものもあります。
初めて世に出たのは、IBM が開発製造した 3800 型という連続用紙用の高速レーザー・プリンターであったと、私は教わっています。
IBM 3800 プリンター
用紙の表面に、静電気の力で付着させたトナーは、そのままでは手で触ると印刷イメージが崩れてしまいます。そのため、その後、圧力と熱を使ってトナーを融かして紙の中に定着させます。
熱と圧力を掛ける上下 1 組のローラーの間を用紙が通過していくわけですが、連続用紙の場合、用紙がローラーの間で少しでも斜めになってしまうと、圧力が掛かっているため、紙が先に送られるほど傾きの度合いが増幅し、用紙ジャムを引き起こすことになります。
それを防ぐため、自動的にローラー間の左右の圧力を調整して用紙の走行を真っ直ぐに保つ仕組みが組み込まれています。
この仕組みは、連続用紙の印刷では必須となりますが、用紙の長さの短いカット紙では不要になりますので、両者のコスト面での違いの大きな要因となります。

これからしばらくは、主に PC と接続して使用するデスクトップ・タイプの小型のレーザー・プリンターについてお話したいと思います。

私が初めに所属した漢字端末の開発部隊は、その後、プリンターのみの開発を担当することとなり、主に1983年から販売された"マルチステーション5550"用のプリンターを開発しました。
当時のプリンターの世界では、様々なメーカーからインパクト方式のプリンターの他に、熱転写方式のプリンターやレーザー・プリンター、インクジェット・プリンターといったいろいろな技術を使ったプリンターが開発されて、世に出始めていました。
それに応じて、私の所属していた部隊でも、インパクト方式のカラー・プリンター(これは私も担当しました)、熱転写方式のプリンターを開発し、発表しています。
その中で、デスクトップ型のレーザー・プリンターは、静かで高品質な印刷ができるということから、次のプリンターの本命として注目されていたのですが、社内で開発することが困難であったこと、OEM 製品を使用するにしても非常に高価になってしまうことから、製品化は、一旦は断念されていました。
しかし、ある製造メーカーのお客様から、メイン・フレームからのデータを、"5550" 上の "PC3270"(3270端末機能)を介して印刷できる小型のレーザー・プリンターのご要望をいただき、特定のお客様向けのモデル("RPQ" と呼んでいました)して開発が始まったのです。

レーザー・プリンターの小型化を実現した大きな要素は、その頃、発売された"C"社の"ミニコピア"を実現した、トナーと感光ドラムという現像機構を一体化した"カートリッジ方式"にあります。静電気を使用する電子写真方式は、湿度や温度、感光ドラムの表面状態などの影響を受けやすい繊細なプロセスを使用しますので、その中核となる現像プロセスをカートリッジとして一体化し、ユーザーが簡単に交換できるようにしたという考え方は、非常に画期的でした。
私たちが、OEM として使用することが決められたレーザー・プリンターは、"R" 社のもので、カートリッジ一体方式ではないものの、ベルト形になっている感光体はユーザーが交換できるようになっていました。A4 サイズとレター・サイズの2種類の用紙に対応し、給紙トレイは250枚用が1箇所、印刷速度は 8 枚/分という、今では 1 桁万円台のプリンターの仕様だったと記憶しています。

"3270PC" は、元々、24 ドットのインパクト・プリンターを想定した"5553"形式の印刷データをプリンターに送信しますが、このお客様のご要望に対応して、1 行の文字数が 132 桁を越える時には、用紙を横長に 90度 回転して使用するコマンドを発行する機能が追加されました。
そこで、プリンターもそのコマンドに対応する必要があります。
また、通常の文字は文字コードで送られてきますので、プリンターの内蔵フォントを使用して印刷しますが、外字は 24 ドット x 24 ドットのイメージで送られてきます。そこで、そのまま印刷できるようにするために、 OEM メーカーに対して、解像度をインパクト・プリンターと同じ、 180DPI とするよう依頼しました。
これには、OEM メーカーのエンジニアの方も、さすが IBM さんと、絶句していたのを今でも良く覚えています。(今から思えば、ロジックを使って、外字イメージのドット数を、イメージを崩さないように増やして解像度の低下を避ける方法もあったと思いますが、当時はこのように判断したのです。)

カット紙用のレーザー・プリンターでは、用紙トレイから用紙を送り出す際に、確実に 1 枚だけを送り出すために、摩擦を使っていますが、この時のプリンターでは下側に逆回転するローラーを備えるといった具合に、丁寧に設計されたプリンターだったと言えると思います。
反転ローラーを使った重送防止機構

このようにして、空前絶後の 180DPI のレーザー・プリンター "5569-R01" は完成して、1 台につき 100万円を越すという、今では想像できない価格が付いて、このお客様にご購入いただいたのでした。